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軽度外傷性脳損傷(MTBI)・高次脳機能障害

頭部に直接の衝撃が加わり、硬膜外・下・くも膜下血腫、脳挫傷、びまん性軸索損傷などの脳損傷を負った場合、通常、6時間以上の意識障害(昏睡)が生じ、また、CT・MRI画像で脳の器質的損傷が捉えられます。
 しかし、重度の意識障害が生じなくても、脳に損傷を負ったため、上下肢などの麻痺、視力・聴力障害、頭痛・めまい等の重篤な身体性症状を発症したり、また、記憶力・判断力などの認知障害や感情易変・攻撃性・自発性の低下などの人格変化などの高次脳機能障害が生じることもあります。
 このように、重度の意識障害がなくても、交通事故により脳に損傷を負った場合を「軽度外傷性脳損傷(Mild Traumatic Brain Injury,MTBI)」といいます。
 なお、「軽度」とは意識障害の程度が軽微であることを指し、決して症状が軽微というわけではありません。
 MTBIの患者のうち、10~20%は、1年以上症状が残存するとの研究結果があります。

【ご注意ください!】
[MTBIはむち打ちでも生じうる]
 MTBIは、頭部に直接の衝撃が加わった場合のほか、頭部への直接の衝撃がなくても、むち打ちなどで頚部が強く揺すられ、その結果脳全体に激しい加速度や回転性の運動が加わり、脳に損傷が加わって生じることがあります。つまり、MTBIはむち打ち損傷でも生じるのです。
[画像に写らないことがほとんど]
 MTBIは、脳が強くゆすぶられることを原因とする大脳白質の軸索等の損傷を原因とするため、脳挫傷や頭蓋内血腫などの明らかな画像所見が得られないことがほとんどです。    


MTBIに関するWHO指定協同研究センターの報告による基準


MTBIについての現在もっとも権威のある基準は、WHO(世界保健機構)が2004年に発表した以下の基準です。

 受傷後30分またはそれ以降の診察時点でのGCS(グラスゴーコーマスケール*)が13-15点(意識レベル軽症)の患者において、以下のうちの1つ以上を満たしたもの
①錯乱や見当識障害を生じたもの
②30分以下の意識消失を生じたもの
③24時間以内の外傷性健忘を生じたもの
④その他の一過性の神経学的異常(巣症状やけいれん、外科的治療の必要のない頭蓋内病変)

*グラスゴーコーマスケール(GCS)とは、頭部外傷の重症度を測る基準のうち、意識レベルを測定する基準です。
 以下の合計値で測定し、点数が低いほど重症とされます。
E.開眼:自発的(4)、言葉による(3)、痛み刺激による(2)、なし(1)
M.運動反応:命令による(6)、はらいのける(5)、逃避的屈曲(4)、異常な屈曲(3)、伸展する(2)、なし(1)
V.言語性反応:見当識あり(5)、錯乱状態(4)、不適当(3)、理解できない(2)、なし(1)

MTBI該当基準と自賠責での後遺障害認定

平成30年5月31日「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」(報告書)において、MTBIの自賠責での等級評価について、従前の扱い(平成23年報告書)を変更しないとしながらも、以下のとおり整理しました。

すなわち、MRI、CT等での脳損傷を示す画像がなくても、
①軽度の意識障害が認められる場合には、脳外傷による高次脳機能障害が生じているか慎重に検討していくことが必要
②中程度以上の意識障害がある場合には、神経心理学的検査等に異常所見が認められる場合には、意識障害の有無・程度・持続時間を参考に、症状の経過を把握していくことが必要
とし、いずれも高次脳機能障害審査の対象とするとしました。

ただし、報告書が「脳外傷直後の意識障害が6時間以上継続する症例では、高次脳機能障害が生じる可能性が高い。」としている関係で、①については自賠責での後遺障害認定は困難で、②については、自賠責でも後遺障害等級該当可能性はあるものと考えられます。

以下、平成30年報告書の内容を説明します。

自賠責保険での後遺障害等級認定の場面では、画像上の脳損傷所見が認められないMTBI事案において、後遺障害等級非該当とされる扱いがなされていましたが、労災保険では平成25年に、画像所見が認められない高次脳機能障害につき14級9号の認定可能性を認める旨を明言しています(厚生労働省平成25年6月18日付基労補初0618第1号)。
*労災保険「MRI、CT等による他覚的所見は認められないものの、脳損傷のあることが医学的にみて合理的に推測でき、高次脳機能障害のためわずかな能力喪失が認められるもの」

そして、平成29年、自賠責の所轄機関である国交省から、自賠責の高次脳機能障害認定基準の見直しを要請する文書が出され、これを受け、諮問機関である「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」において、自賠責でもMTBIの後遺障害等級該当性を認めるか注目されていました。

しかし、平成30年5月31日付で発表された報告書では、MTBIにつき、従前の扱いから変更しない旨が明言されました報告書(PDF)
すなわち、「意識障害は、脳の機能的障害が生じていることを示す1つの指標である。」とし、「特に脳外傷直後の意識障害が6時間以上継続する症例では、高次脳機能障害が生じる可能性が高い。」としました。

そして、画像所見が認められず、意識障害が軽度であるMTBIにつき、下記のとおり述べています。
「前記MTBIの定義(注:上記WHOの基準」)に該当することのみをもって高次脳機能障害に該当すると判断することはできない。」「前記MTBIの基準は、・・・脳に器質的損傷が生じていない症状も含むものだからである。」

一方、平成30年報告書の整理では、画像所見がなくても中程度以上の意識障害が認められた場合について、「神経心理学的検査等に異常所見が認められる場合には、脳外傷による高次脳機能障害と判断される場合がある。意識障害の有無・程度・持続時間を参考に、症状の経過を把握していくことが必要である。」とされています。



後遺障害等級認定のポイント


1 事故直後の意識状態の確認

脳損傷があったことは、事故直後の意識障害が重要となります。
 正常な状態に戻った際、事故直後のご自身の意識状態を思い出していただいたり、周囲の方から事情を聞くなどして、事故直後に一時的な記憶障害(意識喪失、自分が何をしているか、どこにいるかわからないなどの見当識を失った状態)や錯乱状態に陥ったなどがあった場合、意識障害の内容や時間を、主治医に伝えたり、メモに残すなどしておきましょう。


2 PETやSPECT検査の施行


CTやMRIなどで脳の器質的損傷が画像上捉えらえなかったとしても、MTBIを生じた場合、局所的な脳の血流の障害が生じ、PET、SPECT等の脳の血流を捉える検査で、脳血流障害が捉えられることがあります。これらの異常検査結果は、脳に損傷があったことを示す証拠となりえます。


3 脳損傷を原因とする症状を主治医に訴え、記録化してもらう


麻痺・しびれ、神経因性膀胱、味覚・嗅覚脱失、視覚・知覚障害、嚥下障害などの身体性症状や、 記憶・感銘力、集中力障害、遂行機能障害、判断力低下、多弁、自発性・活動性の低下、病的嫉妬、被害妄想などの高次脳の機能障害に伴う諸症状が発症した場合、脳損傷を疑い、その旨を主治医に必ず訴えて、カルテ等に残していただいて下さい。
 また、MTBIの症状は、事故後しばらく経ってから生じることもありますので、これら症状に気付いた時点で、すぐに、その症状を主治医に訴えることはとても重要です。


4 頭部外傷・脳損傷、などの診断を受ける


1の意識障害があり、2の症状が発症した場合、主治医に相談して、頭部外傷、脳損傷などの脳に損傷を受けたことを示す診断名を付けていただきましょう。


5 早期に専門医の診断を受ける


直接の頭部への衝撃が加わっていない場合や頭部への外傷がない場合などでは、脳損傷が生じているにもかかわらず、画像に写らないため、医師によっては、単なるむち打ち症状であるとか、一過性の症状として片付けられてしまい、脳損傷が見逃されてしまうことが多々あります。
 また、MTBIは近時明らかになった傷病ですので、医師によっては、十分な理解がない場合もあります。  そこで、事故直後に意識障害が生じた場合で、脳損傷を示す症状が生じた場合は、MTBIに理解のある脳外科や脳神経外科などの専門医の診断を早期に受けて下さい。


MTBIを正面から認めた判例(東京高裁平成22年9月9日判決)


症状:右上肢のしびれ、筋力低下、頻尿、嗅覚減退、認知障害
「①本件事故直後には強い意識障害がなかったとしても、②また、控訴人にはCT検査やMRI検査の画像所見において異常所見が認められないとしても、③さらには、控訴人車の同乗者には後遺障害が生じていないとしても、軽度外傷性脳損傷においては事故後すぐに症状が現れるとは限らず、遅発性に現れることもあるというのであり、また、軽度外傷性脳損傷の場合には必ず画像所見に異常が見られるということでもないというのであるから、上記①②③の事実をもって控訴人において本件事故により脳幹部に損傷を来した(脳細胞の軸索が損傷した)事実を否定することはできないものというべきである。」


MTBIによる高次脳機能障害を認めた判例(京都地裁ネイ製27年5月18日判決)


自動二輪車の被害者がトラックと衝突し、頭部打撲等の症状を負い、記憶障害、注意障害等が生じ、労災2級(自賠認定なし)の認定を受けた事案で、被害者には、検査所見、MRI、CT、脳波等の脳の器質的病変の存在は確認できず、脳SPECT検査でも異常はなかったにもかかわらず、「軽症頭部外傷後の脳の器質的損傷の可能性を完全に否定できないという医学論文も存在することから、このような事案における高次脳機能障害の判断は、症状の経過、検査所見等も併せ慎重に検討すべきである」とし、「被害者に、事故後に意識障害(事故30分後、JCS:Ⅱ-10、GCS:E3-4,V2、M4)があること、症候性のてんかんが認められていること、解離性障害では稀なIQの低下、失書がみられること、高次脳機能障害の社会行動障害として特徴的な易怒性、衝動性、粘着性が認められること、解離性障害に対する精神療法、心理療法によっては、症状に改善がみられなかったことからすると、主治医らの高次脳機能障害との判断によるのが相当」として、自賠法5級相当の後遺障害を認めた。


意識障害や画像所見がなくても高次脳機能障害を認めた判例(大阪高裁平成28年3月24日判決)


賠償実務上高次脳機能障害が認められるためには、MRIやCTなどで脳損傷が認められることや、受傷時の意識障害認められることが必須とされてきましたが、MRIやCT画像上明らかな脳実質内の異常信号域や外傷性変化、受傷時の意識障害が認められなくても、びまん性軸索損傷を生じ高次脳機能障害を発症したと認定した画期的な高裁判決が出されました。
事案は、19歳の男子大学生が自転車で走行中、乗用車から衝突を受けたとのもので、事故後、健忘がひどいとの高次脳機能障害や、右不全麻痺、てんかん、右同名半盲等を生じたものです。
高裁判決は、SPECTにより全体的な脳血流が高度に低下していることや、誘発電位検査により活動電位の著しい遅延などが生じていることなどをもって、本件事故によりびまん性軸索損傷を生じていることを認めました。また、受傷時の意識障害の有無については、意識障害の有無をもって、脳外傷後高次脳機能障害の発生を論じることには問題があるとの見解もあること、高次脳機能障害の診断基準(注:厚労省高次脳機能障害支援モデル事業の診断基準と思われます。)には、「診断基準のIとIIIを満たす一方で、IIの検査所見で脳の器質的病変の存在を明らかにできない症例については、慎重な評価により高次脳機能障害者として診断されることがあり得る。」との補足説明があることからすると、意識障害が確認できず、画像診断で有意な所見を見出すことができないとしても、それらを絶対視して高次脳機能障害の存在を否定することは相当ではない、と判断しました。


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