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交通事故賠償実務に携わる者として、経験則上女性はむち打ち損傷を受傷し易く、また慢性化及び難治化する傾向にあることを認識している方もいらっしゃるかもしれません。

この点について、交通事故時の人体のバイオメカニクスを明らかにし、ヘッドレストやシート等の乗員保護装置などの開発に役立つ研究をされています、名古屋大学大学院工学科教授水野幸治教授は、著書「自動車の衝突安全 基礎論」(2018年 名古屋大学出版会)261頁において、生体力学的な見地からその理由を明らかにしています。


なぜ女性はむち打ち損傷の危険性が高いのか


水野教授は、女性はむち打ち損傷の危険性が高い理由として、以下の理由を挙げています。
『女性はむち打ち損傷の危険度が高く、むち打ち損傷対策シートによる傷害防止効果も低いことが報告されている。この要因として、女性は頚部の長さに比べてその径が小さいこと、頸骨・筋・靭帯など解剖学的な要因による頚部の低い剛性、頚部の弯曲が小さく頭部後退の影響を受けやすいこと、運転姿勢の違い、体格とシート形状・特性の関係などがあげられている。』

要するに、一般に男性と比して女性は、体格上頭部を支持・保持する剛性が低く受傷し易いこと、むち打ち損傷を防止するためのヘッドレストやシートなどの乗員安全保護装置は一般男性の体格を想定して作成されているため、一般男性より小柄な女性は十分にその効果を発揮できないことが原因とされています。


受傷否認事案での判断要素は


交通事故賠償実務では、主にむち打ち損傷に関して受傷の有無や治療の必要性・相当性が争われることが多く、裁判ではその際の判断要素として、概ね以下の要素が挙げられています。

自賠責の判断結果、一括社(人傷社)内払の有無、事故態様、車種、事故時速度、修理費、損傷部位・程度、属性(性別、年齢、職業)、事故歴・保険金請求歴、受傷機転(姿勢・座席位置等)、事故時言動等、人身事故届の有無、診断名、既往症、通院期間、通院頻度、通院についての事情(中断、相当期間経過後通院、頻度等)、治療内容(リハ、投薬(調剤の内容)、神経ブロック等)、検査所見、診断書・カルテ記載内容、医師見解・医療照会結果、素因減額、その他事情(金銭的余裕、交渉経緯、過剰な請求等)

賠償実務においては、むち打ち損傷の工学的バイオメカニクス観点からの考察は平成の初めころに一段落し、その後議論が進んでいませんでしたが、弁護士丹羽が所属する交通事故相談センター愛知県支部では、令和3年に名古屋地裁民事3部懇談会及び日本損害保険協会中部支部懇談会で、軽微事故での受傷否認事案についての研究発表を行い、令和5年には産官学連携チームにおいて、水野教授をゲストとして「むちうち症の生体力学的考察-新しい着眼点を踏まえた再整理-」と題した研修会を実施しました。

今回ご紹介しました水野教授のご見解は、生体力学の観点から男女の体格差に着目した大変客観的かつ説得的なものであり、今後の賠償実務に新たな視点と大きなインパクトを与えることになり、30年間止まったままのむち打ち損傷の工学的考察をさらに深化させていく重要な契機となっていくことと思います。


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