被害者側交通事故専門弁護士によるブログ
重度後遺障害を負った方の入院期間と退院後の介護
はじめに
交通事故により、頭部外傷や脊髄損傷を負い、四肢麻痺や高次脳機能障害などの重篤な症状を負い、日常生活営む上で介護が必要となった場合でも、いつまでも入院することができるわけではありません。
すなわち、退院後は、被害者の方を自宅で介護するか、施設で介護するかを選択しなければなりません。
そして、退院後のリハビリを適切に行ってくれる業者も自分で探さなくてはなりません。
このことが、重度の後遺障害を負った交通事故被害者の方やその家族に極めて大きな負担をかける要因になっています。
そこで、重度の後遺障害を負った方やその家族に待ち受ける問題を説明し、病院を退院しなくてはならなくなった場合、その後、いかに被害者の方が円滑かつ充実した介護やリハビリを受けられるために必要な準備についてお知らせします。
リハビリのための入院は最長で事故後240日
脳・脊髄損傷の急性期リハビリは2か月以内
重度後遺障害を負った方は、受傷後いつまで入院が可能なのでしょうか。
交通事故により重傷を負った場合、まず救急搬送され、急性期病院で延命のための手術や治療が行われます。
そして、現在の医学では、脳損傷や脊髄損傷を負った場合、できるだけ早期に、日常生活を営む上で必要な機能の回復のためのリハビリテーションを行うべきとの考え方のもと、症状の悪化を防ぐ最小限のリハビリテーションである急性期リハビリテーションが実施されます。
重症患者の救急を受け入れる三次救急病院の場合、急性期リハビリに対応していることが一般的です。
その後は、より元の生活ができる能力に近づけるための回復期リハビリテーションに移行しますが、急性期リハビリテーションが認められる要件は、頭部外傷・脊髄損傷の場合、受傷後2か月以内ですので、急性期リハビリテーションは最大で受傷後2か月まで行われることになります。
脳・脊髄損傷の回復期リハビリテーションは150日もしくは180日が限度
急性期リハビリテーションが終了したら、回復期リハビリテーション病棟に転院し、回復期リハビリテーションが実施されることになります。
これは、基本的には被害者の方の症状に併せ、医師・看護師等の他、実際にリハビリを指導・補助する理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)、そして、被害者や家族と病院等との橋渡し役となる医療ソーシャルワーカーなどが一体となって、交通事故被害者の方に対し、失われた能力の回復と日常生活への復帰を目指して行われるものです。
脳損傷や脊髄損傷を負った方がどれだけ失われた能力を回復できるかは、いかに充実したこの回復期リハビリテーション期間を過ごすかに関わっています。
しかし、回復期リハビリテーションは、一般の脳損傷や脊髄損傷の場合150日が限度です。
高次脳機能障害を伴う重症脳血管障害、重度の頚髄損傷、頭部外傷を含む多部位外傷の場合でも180日が限度です。
すなわち、回復期リハビリテーション期間が経過し、日常生活への復帰が可能であると判断された後は、入院の継続が不可能となります。
つまり、回復期リハビリテーション病棟に転院してから、最大でも150日もしくは180日以内には、病院以外での介護方針を決めなければなりません。
NASVA療養施設への入院
独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)では、交通事故による脳損傷で重度の精神神経障害が継続する状態にあり、治療及び常時の介護を必要とする被害者の方の入院施設が、令和4年4月現在全国に11か所設けられています(NASVA療養施設のパンフレットはこちら)。
ここ東海三県では、中部療護センターとして岐阜県美濃加茂市の中部国際医療センター(木沢記念病院)に50床、及び、愛知県豊明市の藤田医科大学病院内に10床の委託病床が設置されています(こちらのNASVAのHPをご参照ください)。
NASVA療護施設では、最長3年間入院することができ、この間、高度先進医療機器を用い効果的なリハビリが実施されます。
脳損傷により意識障害が生じた場合には、まずNASVAの療護施設に入院できるようすぐに手配することが重要です。
療護施設ヘは急性期治療が終了した後に入院することが原則ですが、藤田医科大学病院については急性期の入院に対応していますので、愛知県近隣での重度脳損傷の場合、可能であればすぐに同院への転院を模索してください。
NASVA療養施設については、各病院の医療ソーシャルワーカーの先生に相談していただければ、入院要件の充足性や病床の空や時期の確認など適切に対応してもらえます。
その日は突然やってきます
多くの被害者の方々やそのご家族にとって、その日は突然やってきます。
回復期リハビリテーションに転院し、生死が危ぶまれていた被害者の方の命に別条がなく、徐々に失われた能力の回復を見せ、ご家族皆さんが安堵していた事故後5か月を経過したころ、病院のカンファレンスがあります。
その際、病院側から、
○○さんは、ご自宅に戻っても問題ないほど回復していますので、この病院にいられるのは後3か月です。
といきなり、3か月後の退院を告げられます。
このように、事故後の混乱とご家族の心身が落ち着いてきたころに、突然、退院を告げられます。
その後、ご家族の方は、急ぎご自宅での介護体制を整えるか、ご自宅での介護が難しいとのことであれば、受け入れてくれる介護施設を探すことになります。
自宅介護か施設介護か
自宅介護であれば、誰がいつどのように介護を行うかの介護体制を整えたうえで、そもそも物理的にご自宅で介護が可能なのか、できないなら引越しをするか、自宅介護が可能としてもどの程度の改造が必要なのか、必要な介護器具はどのように準備するかなど、3か月間はあっという間に過ぎてしまいます。
また、引越しをするとしても、介護に適した良い物件がすぐに見つかるとは限りません。
そして、このご家族による介護計画は、交通事故賠償の観点では、被害者の方の一生(平均余命まで)の期間の計画が必要となります。
一方、施設介護を行うとしても、介護施設がすぐに見つかるとも限りません。
その時点で、介護保険の適用を受けていれば、ケアハウスや介護老人保健施設などや、障害者手帳の交付を受けていれば、障害者支援施設などへの入所も可能になり選択肢が増えますが、これらの認定を受けていない場合、限られた選択肢の中で、有料老人ホーム等の受け入れ先がすぐに見つかるとも限りません。
もちろん、自宅介護体制が整うまで、施設介護を行うことは可能ですが、限られた期間受け入れてくれる施設を探すことも困難が伴います。
また、回復期リハビリテーションにより、せっかく回復傾向にあった能力が、退院後十分リハビリができないことで、本来回復できる程度まで達しなかったり、低下してしまうこともあります。
回復期リハビリテーションでは、1日最大3時間の充実したリハビリが受けられる一方で、これを経過した場合は、外来で病院に通院してもひと月で13単位(4時間20分)のリハビリしか受けることができなくなります。
そのため、自宅介護や施設介護いずれの場合であっても、通所もしくは訪問リハビリテーションを受ける必要がありますが、適正な事業者やサービスがすぐに見つからない場合もありますし、そのサービスに空きがない場合もあります。
そもそも、これらの費用をどのようにねん出していくのかの問題も大きく横たわります。
介護保険もしくは障害者支援制度の利用
施設への入所や介護サービスを受けるためには、介護保険もしくは障碍者認定を受ければ、選択肢は広がりますし、行政や専門家による支援や、介護保険もしくは障害者支援による給付金が支給されます。
しかし、介護保険は交通事故外傷の場合、65歳以上しか使えませんし、病院を退院後でないと使えません。
また、障害者認定につきましても、脳・脊椎損傷を原因とする肢体不自由の場合、事故後3か月経過後に申請が可能ですが、高次脳機能障害(精神障害なります。)の場合は6か月後でないと申請が出来ません。
退院後に無理なく充実した介護体制を整えるために
以上のとおり、回復期リハビリテーション病棟に転院してから、退院まで最大で150日もしくは180日しかありません。
退院後スムーズに自宅もしくは施設介護に移行し充実したリハビリを継続できるかは、このわずかな期間にいかに余裕を持って準備ができるかにつきます。
そのために、交通事故被害者の方が65歳以上の場合は、退院後すぐに介護保険を利用できるようにするため、これ以外の場合は身体・精神障害者認定を受けるため、お住まいの地域の行政窓口にすぐに相談に行き、予め医師に意見書・診断書を提出するなど、退院後もしくは事故後6か月経過後にすぐに認定を受けられるよう連携を取っておくことが必要となります。
なお、名古屋市の介護保険窓口は、各区役所福祉課もしくは各区の「いきいき支援センター」になります。
また、名古屋市の身体障害の窓口は、各区役所福祉課で、高次脳機能障害についての窓口は、精神障害になりますので、保健所保健予防課になります。
介護保険については、
NAGOYA介護ネット http://www.kaigo-wel.city.nagoya.jp/view/kaigo/top/
身体・精神障害については、
ウェルネットなごや http://www.kaigo-wel.city.nagoya.jp/view/wel/top/
が参考になります(いずれも名古屋市のサイトです。)。
各病院には、病院と被害者の方や家族を繋ぎ、社会福祉に精通した医療ソーシャルワーカーが常駐していますので、回復期リハビリテーション病棟に入院した早い段階から、医療ソーシャルワーカーに退院後の介護体制について相談しておくと安心です。
そして、自宅介護を行うか施設介護を行うかいずれにせよ、被害者の方とご家族皆様で十分話し合い、どのように無理なく、受け入れ態勢を整えるかが最も大切です。
自宅での介護については、そのご家族に心身共に多大な負担がかかります。
賠償の場面では、被害者の方の一生の介護計画を立てる必要があるので、両親がご健在としても、ある程度の年齢が来たら介護は無理でしょうし、お子さんがいらっしゃる場合は、成人したら介護に組み入れることも考えなければなりません。
自宅での介護はとにかく無理ない介護計画を立てる必要があります。
自宅介護でご家族だけでの介護が難しい場合は、訪問介護などの職業介護人の方に来ていただくことも可能です。
自宅介護が難しい場合は、いったん施設介護を検討したうえで、その後体制が整ってから、自宅にお迎えするとの方針で宜しいのではないかと思います。
弁護士に何ができるのか
重度後遺障害の場合の被害者側弁護士の役割は、単に相手方保険会社の担当者と交渉したり民事裁判を提起して、より高い保険金や賠償金を得ることだけではありません。
1 保険金の支払い交渉や請求手続の選択
そもそも事故態様に争いがあって、相手方の任意保険会社から保険金の支払いを受けられない場合、弁護士は、対人賠償を支払ってもらうよう交渉したり、場合によっては、ご自身側の保険に対して人身傷害保険金請求や相手方自賠責保険に対して被害者請求を行うなど、その時々に適した保険金の支払いを請求します。
例えば、交通事故の被害者が一家の大黒柱として働いていて、事故により働けなくなってしまった場合、まずご家族はお金の面で大変な思いをすることになります。
また、ご家族の付添いや入院にかかる費用もかかります。
そこで、資料をそろえ、相手方任意保険会社と交渉し、適切な休業損害や付添看護費用や交通費、入院雑費を内払いしてもらうことになります。
さらに、弁護士が受任した場合、窓口はすべて弁護士になるので、相手方保険会社や加害者からの煩わしい連絡から解放されます。
2 適切な治療がなされているかの確認と助言
重度交通事故被害事件に精通した弁護士であれば、入院中に適切な治療やリハビリが行われているか、チェックできます。
交通事故賠償に限らず、法律の世界では証拠が重要となってきますので、症状の原因となっている所見が得られているかの観点からアドバイスを行います。
証拠がしっかり得られていない場合や適切な治療が行われていない場合、被害者の方の症状の改善に支障が生じるばかりか、後の賠償請求の場面で非常に問題になることが多くあります。
例えば、頭部外傷後、CT上では高吸収域が消失し、脳損傷像が捉えられなくなっても頭部MRIでは微細な損傷も捉えられることがあるので、これを撮影するよう促したり、事故当初しか画像が撮影されていない場合、経時的な脳損傷像を得るため、経時的な画像撮影を促したりします。
また、頭部外傷後、高次脳機能障害が疑われるにもかかわらず、これが見逃され、もしくは病院のリハビリ体制の不備で、理学療法のみで、作業・言語療法を受けていない場合もあります。
その場合は、速やかな高次脳機能障害の診断や場合によっては転院をアドバイスすることもあります。
さらに、症状固定となった時期に、自賠責保険に対する後遺障害認定(行政の障害認定とは異なります)を行いますが、退院後外来で通院しておらず、その手続きに必要な自賠責後遺障害診断書を書いてもらえる医師がいないなどの事態を避けることもできます。
3 賠償を見据えたアドバイス
過失があるような場合で治療費の自己負担が生じる場合に健康保険を使ったり、通勤や営業中の事故などで労働災害の場合、労災を使った方が良い場合もあります。
また、例えば、介護のために自宅を購入したり、エレベーターを設置した費用、付添のため仕事を辞めた場合の休業損害、細かい話になりますが、個室を使用した際の差額ベット代や、付添のためのタクシー費用など、どの程度保険金の支払いが見込まれるか、そのために必要な証拠などのアドバイスをすることができます。
さらには、駆付け費・付添費や、交通費、文書料など、請求できる費目は多々ありますが、事故当初は誰がいつどこに何のために移動したか、診断書をどこに提出したかなど請求の際に大切になる事項がわからなくなることもありますので、将来の請求を見据えた適切な資料の作成等の助言も行います(当事務所では「付添い看護一覧」を利用いただきこれらを解消しています。書式はこちら)。
加えて、社会保険制度にも精通した弁護士であれば、上記で述べた介護保険や障害者支援制度の利用などのアドバイスも可能です。
そして、弁護士として何より大切なことは、交通事故被害を受け、辛く苦しみ不安を感じている被害者の方やその家族の方々に対し、事件解決の道筋と今後の方針や見通しを示し、少しでも安心して、治療やリハビリ、介護に専念していただけることだと思います。
4 被害者参加人代理人としての刑事裁判への参加
加害者が刑事手続きにおいて正式起訴されることになった場合、被害者の方やその家族は、被害者参加制度を利用し、刑事裁判に参加し、加害者に対して質問し、意見を述べることができます。
弁護士は被害者参加人の代理人として、刑事手続きに参加し、加害者が重く処罰されるよう求めます。
被害者の方やご家族だけですと、被害者参加をしてもどうしても感情的になったり、どうすれば加害者を重く処罰することができるかわからないことが多いので、効果的な質問や意見陳述ができませんが、被害者参加に精通している弁護士であれば、事前に開示される刑事記録を精査して、効果的な質問や意見陳述が可能になるでしょう。
また、被害者参加をすることにより、刑事裁判が始まる前に、刑事記録が開示されます。
そして、刑事裁判の段階から深く事件に関与し、被害者の方やその家族の方々と思いを共有できることにより、民事の場面でもより効果的な賠償請求が可能になります。
刑事裁判は、被害者の方やその家族の方々が、加害者により引き起こされた辛く苦しんだ思いを加害者や裁判所にぶつける最初で最後の機会になりますので、当事務所では積極的に被害者参加することをお勧めしています(被害者参加の詳細についてはこちらをご覧ください。)。
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