blog

人身事故で被害者の方が適正かつ公正な賠償を受けるためには、医師の先生方や病院にご協力をいただくことが不可欠であり、実際に大多数の医師の先生方や医療従事者の方々には、患者様の症状の改善にご尽力いただき、大変な重責とご多忙の折にもかかわらず、診断書や意見書の記載や医師面談など、我々の賠償実務のために多大なるご協力をいただいております。
改めて、医師の先生方や医療従事者の方々には、心からの敬意と感謝の意を表します。

しかし、残念ながら、まだまだ不適切と思われる対応をされる医師もおられ、医師の残念な対応により十分な治療や賠償が受けられない患者様や被害者の方々減るようにとの思いでこのブログでもたびたび紹介させていただきましたが、今回、医師のとんでもなくあり得ない対応により治療や賠償が受けられなくなる可能性のある案件がございましたので、紹介いたします。

事案の概要

交通事故の事案は、センターラインオーバーした車両と正面衝突し乗車車両が全損となり、被害者の方は頭・頚部挫傷の傷害を負ったものです。
被害者の方は総合病院に救急搬送された後、頚肩部の痛みを訴え尾張地区の整形外科クリニックに通院し、月1回の医師の診察と週3乃至4回のリハビリに通院していました。
事故から4か月を経過するころ、被害者の方の症状はまだ改善傾向を示しており、治療費の内払をしていた相手方保険会社からも治療費の支払いについて何も言われていない中、クリニックでリハビリを終えると医師から呼ばれ、こう告げられたとのことです。

「今日で治療は終わりね。自賠責も終わりだし、自賠責からお金がもらえないとうちもお金がもらえないから。」

驚いた被害者の方が、保険会社から打切りの連絡がきたのかと思い尋ねると、保険会社から打切りの連絡は来ていない旨を認めたうえで、なおもその医師は、こう言ったそうです。

「骨が折れていないなら保険会社は1か月で打ち切ってくるから。治療を認めるのは保険会社であって医師ではないし。」

さらに、健康保険を使って通院させてほしいとお願いしても、

「事故で健康保険を使う患者など90何%もいない」と断ったそうです。

被害者は釈然としないながらも、翌日もリハビリの予約があったにもかかわらず、結局そのクリニックへの通院を諦めました。


この医師の何が問題なのでしょうか。


1 治療の必要性の判断は医師の専権であること
この医師は、「治療を認めるのは保険会社であって医師ではない」と話していますが、当然のことながら、治療の必要性の判断は医師の専権事項です。
治療の必要性について、医師ではない損保会社が判断することでは絶対にありません。
ただ、損保会社からの治療費の内払いは任意ですので、治療の必要性があるにもかかわらず治療費の支払いが打ち切られることは頻繁にみられます。
しかし、本件では被害者の方が治療による症状の改善傾向を自覚しており、損保会社から打切りの打診が来ていないにもかかわらず、治療の必要性ではなく、「自賠責も終わり」とのよくわからない理由をもって治療を終了した医師の判断には相当問題があります。

医師の先生方が治療を終了するのは、医学的な見地から、症状が治癒した場合、もしくは症状の改善傾向がない場合であり、相手方保険会社からの治療費の支払いが打ち切りになったからではなく、ましてや「自賠責が終了」したからではありません。

  
2 骨が折れていないなら保険会社は1か月で治療費の支払いを打ち切るか
本件は正面衝突事案であり、事故態様も重篤で、被害者の方もそれなりの症状を自覚していますので、その他特段の事情がない限り、通常の損保会社なら6か月程度は治療費の内払いを認める事案だと思われます。
現に本件でも、相手方保険会社は4か月の時点で医師にも被害者の方にも何ら打切りの打診をしていませんでした。
賠償実務上、車両の損傷が極めて軽微な事故であれば、治療費を1か月で打ち切ることはあるかもしれませんが、その場合はそもそも受傷否認がなされるのが通常ですし、どれだけ支払いが厳しい損保会社でも、骨折がないなら1か月で治療費の打ち切りを通告してくることなどありえません。


3 自賠責が終わりとはどういうことか
この医師は、治療を終了する理由として自賠責が終了したことを挙げています。
確かに自賠責保険の治療費を含む傷害部分の限度額は120万円ですので、治療費が120万円の限度額を超えた場合、自賠責保険からは治療費の支払いを受けられません。

しかし、今回治療費の内払いをしているのは相手方任意保険会社の無制限の対人賠償保険ですから、病院が相手方任意保険会社から治療費の内払を受けることと、自賠責の120万円の限度額はそもそも関係がありません。
ただ、相手方任意保険会社は自賠責保険金分の支払いを一括対応しており、その意味では自賠責の限度額までは自賠責保険金が支払われていると考えることはできますし、現実には120万円の限度額は任意保険会社が内払いを続けるかの判断材料にはなりますが、本件の場合、相手方保険会社から打切りの打診もない中で、この医師がどうして「自賠責は終わり」すなわち、傷害部分の損害の既払額が自賠責の限度額を超えたかを知っていたのでしょうか。

通常ですと、ほぼ毎日通院してリハビリをしたとしても1か月の治療費は20万円を超えませんので、仮にこの病院での4か月の治療費だけで120万円の限度に達していたなら、相当高額な治療費を請求している病院であることになります。
また、緊急搬送先の病院でも治療費が支払われていますがその支払額は相手方保険会社しか知りえませんし、わざわざその医師に金額を伝えることなどありませんから、この医師が「自賠責は終わり」というなら、終了を通告した時点で、この被害者の方に治療費を含む傷害部分の損害がいくら内払いされているか具体的に知っていなければ、嘘をついたことになります。
  

なお、被害者の方は相手方任意保険会社の一括対応を打切り、自賠責保険に対し治療費を直接請求をすることも可能で、自賠責保険は被害者保護のための強制保険であるとの性質により、相手方任意保険会社よりも比較的緩やかに自賠責保険金を支払ってくれます。
そのため、本件で、自賠責の限度額を超えていない場合であれば、自賠責保険に直接請求すれば、自賠責は4か月目以降の治療費を問題なく支払うと思いますので、その意味でも「自賠責が終わり」とは言えません。


4 交通事故で健康保険を使用する人は90何%いないか
交通事故でも健康保険が使用できることは昭和43年厚生省(当時)の通達以来明らかですし(詳しくはこちら)、治療費が打ち切られた場合や過失割合が大きい場合などでは広く利用されています。
私自身、交通事故で健康保険を利用する方が被害者の方のうち何%いるかはわかりませんが、私が担当した事案で考えても、数パーセント程度ではないと思われます。
  
この医師が正確な数値を知っていて話したのならとやかく言うことはありませんが、実際には数値を知らないにもかかわらず、健康保険の利用による通院を拒否するためにこのような数値を持ち出したのであれば、医師の応召義務に反する可能性のある不適切な対応とは言えます。

 結局、本件では、この医師から治療終了の意向が伝えられましたので、まだ治療費の内払いをしようと考えていた損保会社も治療費を打ち切らざるを得ませんでした。

 被害者の方は、幸いにして健康保険を利用して理解のある別の病院に通院していますが、この医師の判断のために、今後治療の必要性に争いが生じることは避けられませんし、この被害者の方はすぐに転院したから良かったものの、万が一、この医師の言を信じて治療をやめてしまっていたなら、治療が不十分なまま症状が残ることになりますし、通院期間の面で後遺障害の認定が受けられなくなってしまいます。
 要するに、この医師の対応は治療の面でも賠償の面でも被害者の方に重大な損害を与える極めて問題のある言動です。
 「自賠責の限度額」を気にする医師は、120万円を超えたら患者を切り捨てる病院だと言っても過言ではないと思います。

 保険会社にいい顔をしたかったのか、不十分な知識で誤解したのか、この医師が虚偽を述べてまでどうしてこのような対応をしたのかはわかりませんが、「むち打ちは放っておけば3か月で治る」と放言した医師と同レベルの近年まれにみる酷い対応であり、まだこのような対応をする医師がいるのかと大変驚愕するとともに、このような医師の先生方の対応が少しでも改善されることを切に願って紹介した次第です。 

後日談

本件では、事故後4か月での治療費内払い打切り後、すぐに健康保険に切り替え別の理解のある整形外科クリニックにさらに4か月半ほど通院し、症状固定と診断され(通院のべ日数74日)、自賠責保険に対する被害者請求により、初回の認定で頚部痛につき14級9号の認定を受けたほか、症状固定までの8.5か月間すべての通院が認められ、傷害部分の自賠責保険金も支払われました。

その後の示談交渉でも、相手方任意保険会社は症状固定時期を争わず、8.5か月の治療期間すべての傷害部分の損害を認め、本件は無事終了しました。

万が一、上記のクリニックの医師の言に惑わされ、事故後4か月で治療を終了していたら、当然のことながら後遺障害等級認定も得られませんでしたし、通院期間4か月間としたわずかな賠償しか受けられなかったはずです。
何より、治療を継続できたことにより、事故後4か月経過当時に比べ残存症状も相当程度軽減しました。

この依頼者様は、上記クリニックの対応がおかしいと感じ、すぐに当事務所に相談に来ていただきましたので、このような良い結果を導くことができました。
何かおかしいな、納得がいかないなと思っている間にも通院空白期間が生じ、症状の改善や後遺障害認定など賠償上大きな支障が生じることも良くあります。
通院中であっても、相手方任意保険会社担当者や医師の言動に少しでも疑問を感じたら、すぐに弁護士に相談に行くことをお勧めいたします。


シェアする

ブログの記事一覧へ戻る