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自保ジャーナルNo.2026号に弁護士丹羽が代理し、自賠責保険で14級9号の認定に留まった玉突き事故で中心性脊髄損傷を負った被害者に、請求どおり9級10号の後遺障害を認めた名古屋地裁平成30年4月18日判決が掲載されました。
提訴から判決まで2年半・18回の弁論期日を経て、ほぼ当方の請求どおりの内容の判決を獲得した喜びはひとしおでした。
以下、本訴訟の争点について解説します。


なぜ自賠責では14級9号に留まったのか


本件では、事故後2か月後に撮影された頚部MRI画像において脊髄内に明らかな輝度変化が認められていました。
しかし、自賠責保険では、輝度変化自体は認めたものの、受傷当初救急搬送された病院で「神経症状を思わせる所見なし」、「麻痺の所見なし」とされたことをもって、異議申立てにおいても脊髄損傷を否定し単なる局部の神経症状に留まると判断しました。


なぜ、救急搬送先の病院やその後通院したクリニックで誤診が生じたのか


被害者は玉突き事故の中間車両であり、2度にわたる激しい衝撃を頚部に受け、救急搬送されました。
被害者は事故直後から激しい頚・背部痛や吐き気などを自覚していましたが、その診断名は「頚部捻挫」に留まるものでした。
事故当日の夜、気持ちが落ち着いてくると、右肩や右腕に痛みと手足にしびれがあることに気付きました。
その翌日も救急搬送先の病院に通院し、その旨訴えましたが、医師は「事故直後で色々と体に違和感があるが、しばらくすると消えていくので心配ない」と言われました。
しかし、後程取り寄せたカルテには、被害者が訴えた症状の内容が全く記載されていませんでした。

被害者は、次第に手足のしびれ感や特に右手の動かしにくさがひどくなってきたので、その翌日に紹介されたクリニックに紹介状をもって通院し、言われたとおりに症状をふせんのようなメモに記載して提出しましたが、クリニックでも「むち打ちですね。特に心配することはありません。右手の動かしにくさも一過性のものです。」と言われました。
ただ、カルテにも右手の動かしにくさを訴えたことは記載されておらず、症状を細かく記載したメモも残っていませんでした。

そして、一向に右手の動かしにくさや手足のしびれ感は良くならず、その都度医師に訴えましたが、医師は「一時的なもの。」、「気にしすぎ。」などと取り合いませんでした。
それでも、被害者は2か月間医師に症状を訴えたことで、ようやく医師も「そこまでいうなら念のためMRIをとってみるか」といって、頚部MRIを撮影し、頚髄損傷が判明しました。

このように、被害者は当初から脊髄損傷の症状である四肢のしびれ感や右手の動かしにくさを一貫して訴えてきましたが、追突を原因とする症状とのことで、当初から単なる「頸椎捻挫」と片付けられ、その結果、医師も被害者の訴えに真摯に向き合わず、カルテにこれら症状を記載してなかったために、この判決が下されるまでの5年間、苦しんできたのです。


本件のような事態に陥らないためには


例えば、後縦靭帯骨化症(OPLL)や脊柱菅狭窄症に罹患する方が、追突により頸椎に反復継続した強い衝撃を受けた場合、いわゆるpincer mechanismにより脊髄が一時的に狭窄した結果、中心性脊髄損傷を生じることが良く知られています。
最近では、比較的早期から頚腰椎のMRIを撮影するケースが徐々にではありますが増えてきましたし、本件のように事故から2か月後のMRI撮影は決して遅すぎることはありません。

本件で決定的なのは、医証上事故当初に脊髄損傷に伴う症状が訴えられた形跡が残されていなかったことに尽きます。
事故当初は、興奮状態にあり症状を感じないこともあるでしょうし、事故当初は様々症状が生じていて、すべての症状を自覚することは困難ですし、仮に自覚しても限られた時間内ですべてを医師に訴えることは現実的ではありません。
ましてや、医師が訴えた症状をすべて記録化してくれるとも限りません。

本件では、事故翌日に訴えた症状がしっかりカルテに残され、経過診断書に記載されていれば、普通に自賠責で9級10号の認定を受け示談交渉で早期に解決していた事案かもしれません。
このように、事故当初の症状の訴えが不完全な場合、自賠責での後遺障害認定手続きのみならず、裁判でも非常に苦労します。

このような事態を避けるためには、交通事故賠償では事故当初の訴えが非常に重視される一方で、カルテ等の記載によってもその訴えが証明されるとは限らないということをしっかりと認識することです。
そして、そのような事態を避けるため、症状を自覚したらすぐに必ず医師に伝え、できればカルテに記載しておくようにお願いすることです。
また、ご自身で症状のメモ書きを作成し、自分でも保存するとともに、可能であればそのメモを医師にお渡しし、症状をわかってもらったり、できればメモをカルテに編纂してもらえば良いのではないかと考えています。

事故から相当期間を経過した後の症状の訴えの問題については、以下にまとめていますので良かったらご覧ください。
こちら


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