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令和6年5月6日に伊勢崎市の国道17号線で、常習的に飲酒運転をしており本件でも焼酎440mlを飲酒し(事故後血中アルコール濃度0.3mg/l)時速90km/hで対向車線に逸脱し、2歳の子と父親・祖父を死亡させ、他2名を負傷させた被告人に対する刑事裁判が前橋地方裁判所で開かれます。

この裁判では、前橋地方検察庁が過失運転致死傷罪で起訴したところ、遺族の皆様や世論から危険運転致死傷罪に当たらないのはおかしいとの声が上がっているのは皆様もご存じのとおりです。
これを受け、取材当日の令和6年10月11日、前橋地方検察庁は危険運転致死傷罪に訴因変更を申し立てたのことですが、これに関し、TBSテレビ報道局社会部の記者様からリモートでの取材がありました。

同じ北関東では、昨年一般道を160km/hで暴走し自動二輪車の運転手を死亡させた宇都宮市の事故で、宇都宮地検が過失運転致死罪で起訴したため同じく危険運転致死罪への訴因変更が問題となったことがあり、TBSテレビからの取材に対し弁護士丹羽も詳しく解説したばかりですが、今回の取材では飲酒運転による危険運転致死傷罪の適用の問題について詳しく説明したので、その内容を以下記載いたします。

なお、訴因変更の基本的な内容や過失運転致死傷罪と危険運転致死傷罪の違いは上記宇都宮市の事故の記事でご説明していますので、こちらをご覧ください。


危険運転致死傷罪と準危険運転致死傷罪の2類型について


危険運転致死傷や過失運転致死傷罪を規定する「自動車の運転により人を死傷させる行為等に関する処罰に関する法律」(以下「自動車運転死傷行為処罰法」といいます)は、飲酒運転により人を死傷させた場合の危険運転致死傷罪の規定として、飲酒の影響による酩酊の程度により2条1号と3条1項の2類型規定しており、法定刑にも違いがあります。

3条1項は、準危険運転致死傷罪とも呼ばれ平成25年11月の自動車運転死傷行為処罰法の制定(平成26年5月施行)の際に新たに規定されたもので、法務省は制定理由として、以下のとおり説明しています(https://www.moj.go.jp/content/001267532.pdf)。

従来の危険運転致死傷罪(この法律の第2条)と同じとまではいえないけれども,なお悪質で危険な運転によって人を死傷させた場合に,これまでよりも重く処罰することができるようにするために,この罪を設けたものです。
具体的には,
○ アルコールや薬物,又は病気のために正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で,そのことを自分でも分かっていながら自動車を運転し,その結果,
○ アルコールや薬物,又は病気のために正常な運転が困難な状態になり(この状態になったことは,自分で分かっている必要はありません。),人を死亡させたり,負傷させたりしたという場合,従来は,不注意による運転として自動車運転過失致死傷罪(注)が適用されてきましたが,悪質性や危険性などの実態に応じた処罰ができるようにするため,新たな危険運転致死傷罪とし,人を死亡させた場合は15年以下の懲役刑,負傷させた場合は12年以下の懲役刑に処することにしました。


飲酒運転による危険運転と準危険運転の違いは


2条1号「正常な運転が困難な状態」とは、道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあること
具体的には、泥酔状態で、前方の注視が困難になったり、ハンドル、ブレーキ等の操作の時期や加減について、これを意図したとおりに現実に困難な状態にあることが必要とされます。
また、このような状態であることの認識が必要になりますが(故意犯)、飲酒の影響で意識がもうろうとしてきたとか、視界が回って見えるとか、足元がふらついているなどの状態にあることを認識していれば足りると解されています。

3条1項「正常な運転に支障がある恐れがある状態」とは、「正常な運転が困難な状態」にはなっていないが、アルコールの影響のために自動車を運転するのに必要な注意力、判断能力、操作能力が相当程度低下して危険性のある状態のほか、そのような危険性のある状態になり得る具体的なおそれがある場合も含むとされています。
また、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転したことの認識が必要になります(故意犯)
一般的には、道路交通法の酒気帯び運転に該当する程度のアルコールを身体に保有している状態にあれば、上記の能力低下の程度に至っていると通常判断できますが、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転したという認識が必要(正常な運転に支障が生じる状態になったかまでの認識は不要です)とされています。
ただ、実務的には、酒気帯び運転に該当する程度の量の飲酒をすれば、通常正常な運転に支障が生じる程度の心身の変化は生じますので、相当程度の飲酒をした認識とその状態で車を運転したとの認識があれば、故意は認められます。

以上のとおり、2条1号と3条1項の違いは、端的にいえば飲酒の影響のよる酩酊度の違いといえますが、少なくとも、呼気0.15㎎/l以上の酒気帯び運転に該当するようなアルコール濃度を有して車を運転すれば、通常3条1項の危険運転には該当することになり、飲酒影響下による死傷事故で3条1項の成立が否定されることはさほど多くない印象です。


本件の問題点


では、なぜ本件では前橋地方検察庁は、当初過失運転致死傷罪で起訴したのでしょうか。
飲酒運転による(準)危険運転致死傷罪の適用の問題点とあわせ、現時点で報道されている内容をもとにして以下弁護士丹羽の私見を述べます。


1 捜査機関側のタイムリミットの問題


今回はこれが一番大きな理由で、被疑者が逮捕・勾留されている場合、検察官は、逮捕日から最長で23日の間に起訴しなければなりません。
他方、起訴後の訴因変更は、原則としていつでもできます。

過失運転致死傷罪の立証と比して、危険運転致死傷罪の立証のためには、事故前の飲酒量や飲酒時間、運転開始時点の状況、運転開始後事故までの運転態様や被告人の状態等立証事項が多岐にわたり捜査にも時間がかかります。
また、危険運転致死傷罪の適用については世論の高まりや政府内での見直しの対象となっているので、上級庁との意見交換もされていることと思います。
本件においても、令和6年9月19日の起訴時に前橋地検は「現時点で証拠上認定できる範囲で起訴した」とし、飲酒の影響について捜査を継続すると発表していることからも、そのような事実が伺われます。


2 被告人が常習的に飲酒をしていた点


弁護士丹羽は、本件で当初から危険運転致死傷罪で起訴されなかった事情として被告人が常習的に飲酒運転をしていたという事実が挙げられると考えています。

すなわち、トラックの運転手である被告人は常習的に飲酒をしてトラックの運転をしていたと報道されており、これが事実であるとすれば、本件においても、仮に「自分は酒にとても強く、この程度の飲酒量であれば運転能力に影響は全くなく、いつもこの程度の飲酒運転は習慣的にしており、このような飲酒量であればいつも全く問題なく運転できており、本件でも意識もはっきりしていてハンドル操作もしっかりできていた。」というような主張をした可能性は考えられます。
先に述べたように、3条1項の準危険運転の場合であっても「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転したという認識」が必要になってきますので、捜査機関側としても、少なくとも、飲酒後正常な運転に支障生じるおそれがあった事情を証明しなければなりません。


3 事故直前のあおり運転行為の点


本件では、ドライブレコーダーの映像により、事故直前にあおり運転行為をしていたような事実が認められているようです。
この点も、逆に危険運転致死傷罪の成立に疑念を抱く点になりえると考えます。

すなわち、被告人が仮に「車線逸脱をしたのは、飲酒の影響によるのではなく、他車の運転に腹が立ち、あおり運転をしてその過程でかっとなってハンドルを操作を誤ったからである」と主張した場合です。
このような場合、捜査機関側としては、あおり運転下でのハンドル操作の誤りではなく、飲酒の影響により車線を逸脱したのかを立証しなければなりません。
ただし、飲酒の影響により易怒性が高まりその結果としてあおり運転をしたという事情があれば、3条1項の準危険運転が成立する可能性はあります。


4 飲酒量の点


報道の内容による限り、被告人の事故後の血液中のアルコール濃度は0.3㎎/gだったとのことで、これを一般的な計算式で呼気アルコール濃度に変換すると0.15㎎/lになりますので、道路交通法の酒気帯び運転のラインギリギリ満たす程度になります。
現場に遺留されていた血液からなのか、病院に搬送された後の血液から採取されたのか判然とはしていませんが、被告人側がこの点をもって、事故当時アルコール濃度は低くその影響はなかったと否認していることも可能性としては考えられます。

また、仮に被告人が焼酎を440ml飲んだ1時間後に事故を起こしたとすると、アルコール濃度25%であった場合の1時間後の一般的な男性の呼気中のアルコール濃度は概ね0.7~1.1㎎/lとされていますので、被告人のアルコール分解能力は相当高かったとも考えられ、「酒に強かった」との弁解がなされる可能性もあります。

本件で注目すべき点

この取材の直後に前橋地検が危険運転致死傷罪に訴因変更をしたという報道がなされ、「アルコールの影響によって正常な運転ができなかったという事実を認定できる」とされていますので、おそらく準危険運転致死傷罪ではなく2条1号の危険運転致死傷罪に訴因変更されたのではないかと判断され、弁護士丹羽も大変安堵しております。

他方、訴因変更自体は裁判所の心証とは関係なく容易に認められますし、本件では被告人は否認している可能性はありえると考えられるので、上記のとおりの問題点は多々ありますが、このような誰が見ても悪質なで危険な飲酒運転に対し、前橋地方裁判所がしっかりと危険運転致死傷罪が認めるかは注目に値します。

飲酒運転での危険運転致死傷罪の適用の問題点

当HPでも繰り返し訴えておりますとおり、危険運転致死傷罪の制御困難高速度運転については、故意の立証の点で、事故の運転能力を過信し高性能なスポーツカーを運転していた者ほどこれに当たりにくいという非常に大きな問題点がありますが、飲酒運転による危険運転致死傷罪の成否についても同じく故意の立証の点で同様の問題点があります。

すなわち、常習的に飲酒運転をし酒に強いと思っているものほど「自分は酒にとても強く、この程度の飲酒量であれば運転能力に影響は全くなく、いつもこの程度の飲酒運転は習慣的にしており、このような飲酒量であればいつも全く問題なく運転できており、本件でも意識もはっきりしていてハンドル操作もしっかりできていた。」と言い逃れができてしまう可能性がある点です。

また、飲酒運転事故の根本的な問題ですが、報告・救護義務違反であるひき逃げをした場合は事故当時の飲酒量の立証が困難となる一方で、これを処罰するために規定された自動車運転死傷行為処罰法4条の過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪は、追い酒やアルコール濃度を低下させる行為が求められているので、その適用は積極的になされていないのが現状です。

飲酒運転はいうまでもなく重大な結果を生じる極めて危険な運転態様にもかかわらず、ここ数十年で社会問題とされ厳罰化が重ねられてきたにもかかわらず、一向に凄惨な飲酒運転事故はなくなりません。
社会の敵である飲酒運転行為者の言い逃れや逃げ得を絶対に許さないためにも、一般予防の見地から、前橋地方裁判所の賢明な判断を期待しています。


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