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平成30年12月29日に津市内で時速146Kmもの高速度でタクシーに衝突し、5人に死傷の結果を生じさせた被告人に対し、令和2年6月16日に津地方裁判所は、危険運転致死傷罪の適用を否定し過失運転致死傷罪で7年の懲役刑を言い渡しました。
この判決の控訴審が令和2年12月1日から名古屋高等裁判所で開かれますが、朝日新聞社名古屋本社の記者様から取材をいただきましたので、以下、原判決について交通事故被害者側弁護士の立場から私見を述べます。

「進行を制御することが困難な高速度」であったかについて

被告人は見通しの良い制限時速60Kmの片側3車線の直線道路を少なくとも時速146㎞で走行し、路外店舗から下り車線を横切り中央分離帯開口部を通って反対上り車線に入ろうとしたタクシーに衝突したとのものですから、一般の方の感覚(私もそうです)からすれば、「進行を制御することが困難な高速度」であったといえそうです。

しかし、こちらの記事でも紹介しましたとおり、千葉地裁平成28年1月21日判決(確定)は、以下のとおり判示し、道路状況については、あくまでも道路の物理的形状のみによって判断すべきとしました。

『「その進行を制御することが困難な高速度」とは、自動車の性能や道路状況等の客観的な事実に照らし、ハンドルやブレーキの操作をわずかにミスしただけでも自動車を道路から逸脱して走行させてしまうように、自動車を的確に走行させることが一般ドライバーの感覚からみて困難と思われる速度をいい、ここでいう道路状況とは、道路の物理的な形状等をいうのであって、他の自動車や歩行者の存在を含まないものと解される。』

本件では、道路上に進行してきた他の自動車の存在により制御が困難になったかが問題とされましたが、この点について、原判決では「道路の状況には、・・・駐車車両や他の走行車両等によって客観的に進路の幅が狭められているなどの状況があるのであれば、そうした道路上の車両等の存在も含めて考慮することができる」と認定しました。

多くの高速度を原因とする交通事故は、カーブを曲がり切れなかった、ハンドル操作を誤り対向車線や歩道に突っ込んだ等の危険のみならず、本件のような進路進入車両や歩行者、対向右折車両や進路変更車両との衝突によるものですので、原判決が上記千葉地裁の判決を変更し、これらの他の車両や歩行者を「道路の状況」に含め、危険運転致死傷罪の成否の対象にしたことは高く評価できるといえます。


進行制御困難高速度の認識(故意)について


ところが、原判決は、被告人に進行制御困難な高速度の認識すなわち故意がなかったとして、被告人に危険運転致死傷罪の適用を否定しました。
本件事故現場付近は市街地で店舗も多数存在し、路外進入車両も多数あることは容易に想定できますし、時速146Kmで走行中にこのような路外進入車両が進路に進出してきたら、通常の運転者であれば適切な回避措置がとれないと考えることは当然のことと思われますが、原判決はその認識を否定したのです。
その理由として、原判決は以下の事実を認定し、「自車の進路が狭められ、すり抜けることが極めて困難な状態になっている状況が発生する可能性を具体的に想起しなかったはずはないと断定できるだけの事情は見いだせなかった」としました。

① 被告人は、道路交通法上の優先走行権を有しており、このような状況で、路外施設から本件道路に進入してくる車両の存在に殊更注意を払いながら運転する者はまずいない。

② 被告人は、本件事故現場に至るまで時速約百数十Kmの高速度で走行しながら、この間特段の支障なく進行できていた。

原判決で挙げられている被告人の故意を否定する事情として明確に挙げられた理由は上記のたった2点のみです。

少なくとも私は優先道路を走行していても、路外からの進入車両には注意を払っていますし、深夜であれば危険な運転をする者が増える印象がありますので猶更注意をしています。
原判決の認定のように、路外施設から本件道路に進入してくる車両の存在に殊更注意を払いながら運転する者は「まずいない」と果たして言い切って良いのでしょうか。
民事では、路外進入車との衝突では道路走行車両にも20%の過失割合が認められることが一般的ですが、なぜ「路外進入車に殊更注意を払うものはまずいない」はずの優先権を有する道路運転者にも民事上の過失が認められるのか説明がつきません。

また、事故を起こすまで特段の支障なく運転できていたことについても問題です。
通常の感覚からすれば、一般道を時速146Kmで暴走し特段の支障がなかったとしてもそれは偶々でしかないはずですし、皆様が最も問題であると感じておられる、高性能の車両であればあるほど、日常的に暴走行為を繰り返しているものほど、自己の危険な運転を過信しているものほど、危険運転に問われることはないという結果に繋がりかねません。

すなわち、原判決にしたがえば、車の運転が危険であることを認識している方よりも、高性能の車両に乗り自己の運転を過信し日常的に暴走行為を繰り返す危険極まりない者ほど、進行制御困難高速度運転の故意を否定され、危険運転致死傷罪が否定されるという結果が導かれてしまうのです。

原判決が社会的な同意を得られないと思われる理由


私が最も問題だと考えるのは、原判決が故意を認定しなかった事情として挙げている「法定速度を多少なりとも超過して本件道路を走行する運転者の多くが、自車の進路に入り込んでくる他者に気付くのが遅れて、制御困難な状況に陥り、自車を他者に衝突させて人身事故を惹起した場合、法2条2号の危険運転致死傷罪に問われ得ることになる」とした点です。

本件は、「法定速度を多少なりとも超過」した程度ではなく、法定速度を時速86キロメートルも上回る誰が見ても危険だと思われる暴走行為であり、このような危険極まりない高速度運転を「法定速度を多少なりとも超過した」運転者と同義に取り扱った原審の姿勢に憤りさえ覚えています。


同じ、津地方裁判所平成30年6月28日判決は、制限速度時速60キロメートルの左カーブを時速123乃至127キロメートルで走行し、カーブを曲がり切れず対向車線に飛び込み対向車両運転手1名を死亡させた被告人に危険運転致死罪の適用を認めました。

同じ制限速度60キロメートルの道路を、時速125キロメートルで走行し左カーブを曲がり切れなかった被告人は危険運転で、直線道路を時速146キロメートルで走行して道路進入車両と衝突した被告人は危険運転ではないという理屈は一般の方々の納得を得られるでしょうか。

要するに、原判決は危険運転致死傷罪の立法趣旨や法的な解釈にとらわれ過ぎ、法技術的な議論に終始し、故意の内容を極めて厳格に解したことで、むしろ危険運転致死傷罪を規定した立法趣旨や社会的な意義を見失ったと評価せざるを得ません。

いくら過失運転致死傷罪の最高刑で処断したとはいえ、このような判決理由で、被告人に命と身体を奪われた被害者やその遺族・ご家族の方々や一般市民の十分納得と理解を得られると考えたのでしょうか。
法律家の私でさえ、このような被告人(と暴走者)そして「立法者の意思」を守ることに終始したとしか思えない判決理由では、被害者や遺族・ご家族の皆様に再び事故直後と同じような耐え難い苦痛や無念さを与えただけでないかと思えてなりません。

制御困難高速度運転での危険運転致死傷罪の適用については、「制御困難」との要件によりその解釈と運用で混乱が生じています。
控訴審では、遺族やご家族の方々や一般市民が十分納得でき、暴走行為者に対し今後このような暴走行為が危険運転として厳罰に処せられるという強い警告を与え、交通事故被害で苦しむ方々を少しでも減らし、また、制御困難高速度運転にまつわる法解釈の混乱に終止符を打つ先例性を有する大義ある判決が下されることを心より望んでいます。


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