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令和5年2月14日に宇都宮市下栗町の国道上で、制限速度を100Km/hも超過した160Km/hで暴走し、前走する自動二輪車に追突し運転者を死亡させた被告人に対する刑事裁判が、令和5年11月現在宇都宮地方裁判所で開かれています。

この裁判では、宇都宮地方検察庁が過失運転致死罪で起訴したところ、遺族の皆様や世論から危険運転致死罪に当たらないのはおかしいとの声が上がっているのは皆様もご存じのとおりです。
これを受け、宇都宮地方検察庁は危険運転致死罪(制御困難高速度運転)への訴因変更を検討しているとのことで、これに関し、TBSテレビ報道局社会部の記者様からリモートでの取材がありました。

宇都宮地裁では、令和3年3月22日、平成28年6月に暴走して右カーブを曲がり切れず、同乗者4名を死傷させた被告人に対し、危険運転致死傷罪の成立を否定した判決が下され、弁護士丹羽の初動捜査の不備を批判した記事が朝日新聞栃木版に掲載されましたが(記事についてはこちら)、またも宇都宮地裁で危険な暴走行為による死亡事故についての危険運転致死罪の適用の可否が大きな社会問題になっています。

取材では、訴因変更の意味や訴因変更が認められる可能性、過失運転致死罪と危険運転致死罪との違い、制御困難高速度危険運転致死罪の問題点やその解決方法について詳しく説明しましたので、以下弁護士丹羽の見解を改めて記載いたします。

【令和5年12月11日追記】
上記取材内容について、令和5年12月11日『Nスタ』で放送されました。
放送内容につきましては、こちらをご覧ください。


訴因変更とは


訴因とは

訴因とは、検察官が起訴状に記載した被告人の罪に当たる事実のことで、公訴事実ともいいます(刑事訴訟法256条2項)。
検察官は、被疑者を起訴するか、起訴するとしたらどのような事実がどのような罪刑に当たるかを独占的に裁判所に提示できる機関です(刑事訴訟法247条・起訴独占主義)。
そして、刑事裁判では、検察官ができる限り日時、場所、方法等を特定して提示した事実関係である訴因が、被告人に認められるかを巡って争われることになります。


訴因変更とは


訴因変更とは、訴訟の進行過程で訴因と異なる事実が判明した場合、検察官が訴因を変更して、起訴状に記載された事実と異なる事実で審理してもらう手続きをいいます(刑事訴訟法312条1項)。
訴因変更は、「公訴事実の同一性」すなわち、基本となる事実関係が同一である場合に許されます。

本件では、主位的訴因として危険運転致死罪、予備的訴因として過失運転致死罪という訴因の追加がなされると思いますが、予備的な訴因の記載も認められますし、事実関係については同じ交通事故ですので、本件でも訴因の追加は問題なく認められると思います。

ただ、良く誤解されており、特に注意いただきたいのが、訴因変更が認められたからといって、裁判所が危険運転致死罪の成立が認められると考えているかとは全く関係がないという点です。
すなわち、裁判所はあくまで検察官が提示した裁判の主題となる基本的事実関係が同一である限り、訴因変更を許さなければならず、裁判所には、被告人が有罪か否かについて、変更後の訴因についての立証が尽くされない限り判断ができません。
あくまで、裁判所は、訴因変更が認められるかは形式的に判断し、被告人に訴因変更後の事実関係が認められるかの実質的な判断は、訴因変更後の審理の行く末により決められることになります。


危険運転致死罪と過失運転致死罪の違い


法定刑や処断刑の違い

過失運転致死罪の法定刑 7年以下の拘禁刑もしくは100万円以下の罰金刑
危険運転致死罪の法定刑 1年以上20年以下の拘禁刑

裁判所が下す処断刑についても、法定刑の軽重に合わせ、被害者1名の過失運転致死罪だと実刑でも2年から3年程度の拘禁刑になり、執行猶予が付されることも多いですが、制御困難高速度運転による危険運転致死だと5年以上の拘禁刑に処される事案が多くなります。

罪となるべき事実や立証の範囲の違い

過失運転致死罪だと、被害者を死亡させた原因である速度超過や、前方不注意、ブレーキ操作の誤りなどの過失行為を立証すれば足りますし、通常車を運転していて事故を起こした場合、被告人の過失が否定されることはそれほど多くありません。

他方、制難困難高速度危険運転致死罪の場合、①『進行を制御することが困難な高速度』であったこと、及び、②進行を制御することが困難な高速度であったとの認識(故意)が必要になります。

以上のように、過失運転致死罪と制御困難高速度危険運転致死罪の立証すべき事実が全く異なるので、訴因変更の手続きが必要になります。

進行制御困難高速度危険運転の条文解釈の問題点

当事務所のブログでも度々お知らせしておりますとおり、制御困難高速度危険運転致死傷罪については、条文やその解釈上認められるハードルが非常に高く設定されているため、遺族の方々のみならず一般の方の納得が到底得られない状況が続いています(当事務所のブログ記事はこちら)。

その理由は、「その進行を制御することが困難な高速度」(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律・2条2号)とは、「速度が速すぎるため、自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度」をいうとされ、「道路の状況」について、道路の物理的な形状等をいうのであって、他の自動車や歩行者の存在を含まないものとされていることに尽きます。

すなわち、直線で見通しや路面の状態が良い道路では、どれだけスピードを出しても、自動車を車線や進路に沿って真っすぐ走らせることができていれば、「自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度」とは言えないことになります。
これにより、どれだけ速度を出していたとしても、自車の前方に他の車両が車線変更してきたり、歩行者が道路を横断して衝突したとしても、危険運転致死傷罪に当たらないという、一般の方にも(弁護士である私にも)到底理解できない事態が生じています。

この点について、津地方裁判所令和2年6月16日判決では、柴田誠裁判長が、結論としては故意を否認し危険運転致死傷罪の成立は認めませんでしたが、従前の解釈を変更し「他の車両によって客観的に道路の幅が狭められている状況も考慮できる」と判示し、他の車両の存在も「道路の状況」といえるとの英断を下しました。

ところが、その控訴審である名古屋高裁令和3年2月12日判決では、『「道路の状況」という要素に、・・・被害車両を含む他の走行車両の存在は判断対象外となる。したがって、他の走行車両によって自車の進路の幅やルートが制限されたか否かは問題となりえない』と判示し、柴田裁判長の英断を無にし、従前の解釈に後戻りさせてしまいました。

本件でも、津地裁の判示のとおり、「道路の形状」に被害車両を含む他の車両の存在も考慮できれば、160Km/hで暴走する被告人車両の進路に被害者自動二輪車が存在し進路を狭めていた中で、被告人は速度が速すぎて狭められた進路を進行するために適切なハンドル・ブレーキ操作ができなかったのですから、制御困難な高速度危険運転致死罪が成立する余地がでてきます。

なぜ一般人には理解できない解釈上の問題が生じているのでしょうか

その理由の一端については、平成26年5月20日に施行された自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律の制定過程で実施された、刑法学者である西田典之学習院大学教授(当時)を部会長とした法制審議会-刑事法(自動車運転に係る死傷事犯関係)部会での立法担当者の発言に垣間見えます。

なお、制御困難高速度運転を含む危険運転致死傷罪については、平成13年に刑法第208条の2として新設されており、平成26年の上記法律の制定により刑法から独立した刑罰になりました。

法制審議会での立法担当者の発言

同審議会第2回会議議事録(平成24年11月30日)によると、立法担当者は、
『被害者団体の方からは「殊更に」ですとか,「進行を制御することが困難な高速度」などの評価的な構成要件が分かりにくく,これを明確にするべきというような御意見,御要望,あるいはアルコールや,高速度に関する適用基準を明確に数値化すべきという御意見,御要望を頂いておるところでございます。』

として、立法者担当者も、進行制御困難高速度危険運転の条文が不明確との批判があることを認めています。

しかし、『こうした御意見,御要望に対しましては,対応・方策1のように,評価的な規定をより明確なものに改めるという方法と,対応・方策2のように,現行の規定を改めずに,その意義,解釈は裁判例の蓄積に委ねるという方法が考えられるところでございます。」としたうえで、『今,それらの規定上の文言のもつ基本的意味につきましては御説明いただきました。果たしてそれらが法律上の概念として明確性を欠いているということまで言えるかどうかですが,私は,明確でないと断定してしまうことはできないという意見です。したがって,対応・方策の2の方ががよろしいのではないかと思っております。
簡単な理由を申し上げたいと思うんですけれども,今日お配りいただいた事例集をざっと見せていただいても,先ほど御説明があったような基本的な理解に基づいて,判例も裁判例も次第に蓄積されてきているようでありますし,また今後も,こういう形で更に具体化・精密化していくことが期待されると考えられます。』

として、条文を明確化するとの立法での解決を放棄し、裁判所にその判断を丸投げしました。
 
ところが、その判断を丸投げされた裁判所においても、条文の解釈では立法趣旨すなわち立法者がどのような趣旨でそのような条文を制定したかという点を踏まえて判断します。

そして、先の名古屋高裁の判例でも判示されたように、この審議会で立法担当者は、「他の通行人の存在だとか、そういうものを基本的に含まない、客観的に車の性能、あとは客観的な道路状況との関係において制御困難であることが明確に読み取れるような修飾語をどこかにつけていただけないかというふうに思います。」、「個々の歩行者であるとか通行車両があるということとは関係のない話でございます。」と発言し、立法者の意思としては、道路の性状に他の歩行者や車両の存在を考慮しないことを明言しました。

なお、先の名古屋高裁の判決では、上記立法者の意思等から、道路の性状に歩行者や他の車両は含まないと判断しています。

制御困難高速度危険運転致死傷罪が世間の一般の納得を得るためには~自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律・2条2号の改正の提言

弁護士丹羽の意見を以下にまとめます。

まず、「道路の性状」については条文上の文言ではなく、裁判所での解釈により柔軟に判断することも可能だと思われます。
そこで、遺族の方々が納得できるようにするためにも、世間の期待に応えるためにも、暴走行為者から社会の安全を守るためにも、先の津地裁の判決のように、検察官や裁判所も積極的に条文解釈の壁に挑んでいただくべきだと思います。
ただし、判断を丸投げされた法の執行者にすぎない裁判所や我々法曹者としても、この条文がどのような事案を想定して制定されたかという立法者の意思に従わざるをえず、立法者の意思からかけ離れた条文解釈はできません。
そして、立法者の意思としても、「道路の性状」に歩行者や他の車両の存在は含まないと明言しています。

つまり、我々法曹者は、制御困難高速度危険運転致死傷罪について、一方で立法者からその解釈を丸投げされたにもかかわらず、立法趣旨の点から八方塞がりにされている状況なのです。

以上から、弁護士丹羽は、制御困難高速度危険運転致死傷罪を巡る混乱に終止符を打つためには、司法からボールを立法に投げ返し、もはや立法による解決に委ねるほかないと考えています。
少なくとも、先に見ましたように平成25年の時点で、立法府も制御困難高速度危険運転の文言が不明確であり、実態に即しておらず、国民からの批判が多いことを理解していますので、それから10年経った今でも条文解釈に限界のある法曹に丸投げし責任を負わせようとするのは立法の怠慢としか言いようがありません。

誰が見ても危険な高速度で自動車を走行させ、重大な被害をもたらす事故を引き起こしたのですから、高速度運転での死傷事故は危険運転以外の何物でもありません。
人や他の車の往来がある公道上での高速度の運転は車の運転行為の中でも極めて危険な行為とされ、これが原因で重大な被害をもたらす悲惨な事故が多発していることに異論はないと思われますので、「危険運転」から高速度運転を除外したとも考えられません。
高性能のスポーツカーであるほど、事故の運転を過信しているものほど危険運転に当たらないとする現状の解釈はもはや異常です。

そもそも、道路の性状に他の歩行者や車両の存在を含まないとする根本的な理由は、これらを含んでしまうと、例えば、多少の速度超過で市街地を走行中に歩行者が飛び出してきてブレーキが間に合わず避けられなかった場合にも危険運転とされ、処罰範囲が広がるという懸念が根底にあるからです。

そのような処罰範囲の拡大の恐れについては、「道路の性状」に他の車両や歩行者の存在を入れ込んだうえで、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律・2条2号について、
『自車の進行や制動を殊更困難にするような高速度で自動車を運転する行為』
のように改正して、速度の点で縛りをかけていけばいいのではと個人的には考えています。

自動車の運転で最も重要なのは適切に止まれるかであり、進行よりも制動の方が安全運転にはより重要です。
そして、現在問題となっている直線道路での制御困難高速度危険運転の多くは、速度が速すぎてブレーキが間に合わないケースがほとんどなので、条文に「進行」だけでなく「制動」を入れ込むことで、このようなケースにも対応できることになります。

そして、その「高速度」の要件としては、確かに当該道路の状況、時期や時間帯などでも状況は大きく異なるので「高速度」を一義的に明確にすることは非常に難しく、条文で明確に規定することは困難を極めますが、道路状況が良好な直線道路であったとしても、例えば、「制限速度の2倍を超える速度(高速道路では1.5倍)はもはや単なる過失を超えた危険運転である」旨の世論的コンセンサスを得たうえで、法制審議会でこれを「高速度」の目安とすることを明言し、それに合わせた文言に条文を変更することも考えられます。

このような条文や解釈であれば、ご遺族の皆様や国民一般の方々の納得も得られ、危険な高速度の暴走行為を減らすことができるのではないかと弁護士丹羽は考えています。

制御困難高速度危険運転致死傷罪を正常に近づけるために、法曹者のみならず立法者もそれぞれの立場で知恵を絞り上げる時期に来ています。


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