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平成29年11月21日、滋賀県内の名神高速道路下り線上で、スマホながら運転をし玉突き事故を起こし、水谷勇二さんを死亡させ、他4名に傷害を負わせたトラック運転手に対して、検察官の求刑(2年)を超える禁固2年8月の実刑を言い渡した大津地裁平成30年3月9日判決(今井輝幸裁判長)に対する控訴審判決が、平成30年10月4日、大阪高等裁判所で言い渡されることを受け、当事務所に、新聞記者の皆様から取材が相次いでいます。
弁護士丹羽は、この大津地裁判決について、極めて詳細かつ丁寧に判決理由を論じ事実上の先例性をもつに十分であり、処断刑についても至極妥当と考えており、交通事故被害の減少のために高く評価されるべきであり、また、一般社会に対してのみならず検察官に対してまでも、裁判所がスマホながら運転に対して厳罰で臨む姿勢を示したまさに英断であり、控訴審(大阪高裁平成30年10月4日判決言渡し予定)で覆されてはならないものであると考えています。
そこで、弁護士丹羽が、記者の皆様にお話しした内容などを中心として、どの点が先例的意義を持ち高く評価できるのか以下お話しします。
なお、判決全文は、最高裁HPこちらをご覧ください。

大津地裁平成30年3月9日判決は、交通事故被害減少のため高く評価すべき判決と考えられます。

スマホながら運転が、「通常の過失行為を逸脱する」のはなぜか?

まず、本判決は、スマホながら運転がなぜ危険性の高い運転であり、「通常の過失行為の態様を逸脱した」といえるかを、一般の方々にも分かり易く具体的に説明した点で評価できます。

本件でトラック運転手は、高速道路を時速80キロメートルで運転しながら、左手に持ったスマートフォンを起動し、画面をタッチしてたち上げたドライブ計画用アプリに出発地を入力する操作等を行った上、スマートフォンを床下に落としてこれを拾おうとするなどして、約10秒間も前方の注視を怠ったと認定し、この点について、被告人が通常の過失態様を逸脱する運転をしたと評価すべきであって、犯行態様の危険性は著しく高いとしました。

そのうえで、下記のとおり、なぜスマートフォンのながら運転が危険か、なぜ「通常の過失行為を逸脱する運転」なのかを具体的に説明しました。
「一般的に見て、スマホ「ながら運転」は,過失運転致死傷の各類型中において、スマートフォンの小さい画面における手指による比較的細密な動作に意識を集中する必要があり(車載のカーナビゲーションや、旧来の携帯電話機のボタン操作と異なり、手探りや指の触感で操作目的を達成することが難しく、画面の視認が不可欠となる特徴があり、意識を相当程度集中する必要がある。)、自動車運転者としての通常の過失態様を逸脱する危険な態様であるといえる」

従前のながらスマホについての判例では、事実関係を列挙するだけで、なぜスマホながら運転が危険かを規範立てて説明することはありませんでしたが、本判例では、(タッチパネルを採用するスマートフォンの画面が滑らかで凹凸もないため)、手触りや指の感触ではボタン等がわからず、画面の視認が不可欠になり、意識を集中する必要があると、かなり具体的に論じました。
弁護士丹羽も、以前【運転中にスマートフォンを使用することの危険性】を論じましたが((こちらの記事))、さらに具体的かつ首肯できる認定です。

そして、ここで注目すべきは、スマートフォンのながら運転について、「車載のカーナビゲーションや、旧来の携帯電話機のボタン操作と異なり」として、従前の携帯電話やカーナビの操作よりも危険であると認定した点です。
すなわち、これらの装置を注視して運転した際の危険性については、全く変わりはないと考えられますが、運転中にスマートフォンを操作すること自体、画面の視認が不可欠で、手指の細密な動作に意識を集中する必要があり、危険であるとしています。
道路交通法では、スマホと携帯電話(ガラケー)で罰則を区別していませんが、過失運転致死罪の適用の場面では、その端末の使用態様によっては、スマホの使用が携帯電話よりも重く罰せられる可能性があることを示唆しています。

さらに、なぜ、ながらスマホが通常の過失態様を逸脱するかについて、溜飲を下げる以下の規範が示されました。
「本件実行行為に直結する行為を選択した被告人の意識決定に対する非難の程度も相当に高い」、「本件犯行に直結する行為の意思決定に対する非難の程度の高さ」

弁護士丹羽は、この規範はスマホながら運転の被害に遭った被害者及びその家族の疑念への、裁判所からの一定の回答と考えています。
すなわち、愛知県一宮市で平成28年10月26日に起きたポケモンGOによるスマホながら運転で、敬太君を亡くした父の崇智さんは、事故以来ずっと、「運転手は自らの意思でスマホのポケモンGOを起動させ、運転手ではないとの警告ボタンをタップし、ポケストップでアイテムをとるためスマホを操作して事故を起こしたのに、なぜ過失なのか、故意ではないのか」という思いをずっと持ち続けていました。
スマホながら運転の被害に遭った方なら誰もが抱く当然の感情です。

人を撥ねてやろうと思って自動車を運転したのではない以上、法律上は故意犯は問い得ませんが、上記のとおり、故意とまでは言えないが、「本件犯行に直結する行為を選択した意思決定に対する非難の重さ」が、無意識の下の本来の過失行為といいうる、わき見や信号の見落とし、居眠りなどとは違う点で、「通常の過失態様を逸脱する」と認定しています。

以上のとおり、本判決は、スマホながら運転の危険性をスマホ操作の特徴から具体的に説明し、なぜそれが「通常の過失態様を逸脱するのか」(=運転中にスマホを使用しようと自らの意思で決めたことが社会的非難を重くする)を、一般社会に対しても具体的かつ分かり易く示した点で、大きな先例性を有すると評価できます。

なお、本判決は、量刑理由で被害者の肉体的苦痛や恐怖・無念の気持ち、遺族らの悲嘆の大きさ、被告人の慰謝の措置が不十分であったことを丁寧に論じている点で、被害者に寄り添った温情こもった内容であることも付言いたします。


本判決の量刑は重いのか


近時のスマホ・携帯電話使用による過失運転致死罪の判決の傾向


まず、本判決の量刑の妥当性を論じるうえで、近時のスマホ・携帯電話使用(以下「ながらスマホ等」といいます。)による過失運転致死罪の判例をみていきます。
なお、量刑の後のカッコ内は検察官の求刑です。

①徳島地裁平成28年10月31日 禁固1年2月(1年8月)
 ポケモンGOによるながらスマホ 
 道路横断中の72歳女性を死亡、60歳女性に重症
 *実刑の流れを作出
②岐阜地裁多治見支部平成28年12月22日 禁固9月(1年)
 ながらスマホ
 道路でしゃがんでいた20歳女性を死亡
③福島地裁平成29年2月27日 懲役3年6月(5年)
 ポケモンGOのながらスマホでひき逃げ
 路肩上の33歳男性を死亡
 *重罰化の流れを作出
④名古屋地裁一宮支部平成29年3月8日 禁固3年(4年)
 ポケモンGOのながらスマホ
 道路横断中の9歳小学生を死亡
 *重罰化の流れを作出
⑤-1名古屋地裁平成29年5月11日 禁固2年6月(3年6月)
 ポケモンGO起動中に充電に気をとられた
 自転車で横断歩道を横断中の29歳女性を死亡
⑤-2名古屋高裁平成29年9月26日判決(上記控訴審判決)
 原審を維持
⑥さいたま地裁平成29年7月3日 禁固2年6月(5年)
 ながらスマホの赤信号無視
 歩行中の38歳を死亡、同1歳、青信号走行中のトラック運転手、自動車運転者をそれぞれ傷害
⑦名古屋地裁平成29年8月10日 禁固3年(4年)
 高速道路で中型貨物を運転し3~40KM速度超過の5秒程度のながらスマホ
 停車中車両の88歳・90歳を死亡、3名に傷害
⑧岐阜地裁多治見支部平成30年1月25日 禁固3年2月(4年)
 高速道路上で大型貨物を運転し携帯電話のわき見、40キロ超過で工事現場に衝突
 40歳作業員を死亡、8名に傷害
⑨静岡地裁平成30年3月20日 禁固2年4月(3年6月)
 高速道路で大型貨物を運転しツイッターを1913メートル見るとの携帯電話のわき見運転
 停車中の51歳を死亡、5名に傷害

近時のながらスマホ等による過失運転致死罪の傾向ですが、従前は携帯電話の使用等による自動車の運転により、人を死傷させた場合であっても、よほどの悪質性や前科・前歴がないと一発実刑になることは少なく、執行猶予判決が下されることが多くありました。
しかし、①の一連のポケモンGO死亡事故判決の最初の判決である、①の徳島地裁平成28年10月31日判決が、禁固1年2月の実刑判決を下したことを機に、裁判所は、ながらスマホ等運転死亡事故に対しては、実刑をもって処す流れができました。

そして、③の平成28年11月20日、福島県相馬市で婚約者の目の前でポケモンGOによるスマホながら運転により男性を轢き殺した事件の判決である福島地裁平成29年2月27日や、④同年10月26日の横断歩道歩行中の則竹敬太君を同じくポケモンGOによるスマホながら運転で轢き殺した事件の判決である名古屋地裁一宮支部平成29年3月8日は、被告人にそれぞれ禁固3年6月、禁固3年を言い渡し、被害者1人の死亡事故で禁固3年以上の実刑判決を下し、裁判所はながらスマホ等による死亡事故に対し、厳罰を処すことをもって、社会に対し警鐘を鳴らしました。

その後も、⑤~⑨の判決のとおり、死亡被害者1名(⑦は2名)のながらスマホ等による死亡事故に対し、①判決以前に比してより重い量刑が下されており、裁判所がこのような事故に対し厳罰をもって臨む流れができました。


本判決の量刑は重いのか?


本判決では、検察官が禁固2年を求刑したのに対し、これを超える禁固2年8月の実刑判決を下しました。
一般に、執行猶予がつかない実刑判決の場合、検察官の求刑の7~8割が量刑相場だと言われており、この点から、本判決の量刑が重いのではという疑問が生じます。
そこで、本判決の量刑の相当性について以下論じます。

本判決の罪体事実や量刑理由として挙げられた事実は以下のとおりです。
・大型貨物自動車を運転し高速道路上を時速80キロメートルで走行中、スマホのドライブ計画用アプリを操作するなどして約10秒間 200メートル以上も前方の注視を怠った
・渋滞中の車列に追突し、44歳の男性を死亡させ、他4名に傷害を負わせた
・被告人は、進路前方に渋滞があることを事前に確定的に認識していた
・アプリ操作はこれを行う緊急の必要性はなかった

本件は、高速道路で大型貨物を運転中にながらスマホにより人を死傷させた点で、同じ高速道路上のトラックの運転という点で、上記判例の⑦乃至⑨に類似すると考えられます。
一方で、本件と異なり、⑦の判例(禁固3年)が2人を死亡させ、速度超過があること、⑧の判例(禁固3年2月)が速度超過があること、⑨の判例(禁固2年4月)がわき見時間の長さや運転と直接関係がないツイッターを見ていたという点で、本件よりも悪質であるといえます。
その他の事情を一切考慮せず、これだけの事情で考えれば、本判例は2年8月の禁固刑ですので、⑦及び⑧の判例よりも量刑が軽い点は妥当といえますが、⑨判例のわき見運転の程度の大きさとの比較で考えれば、重いともいえます。
ただ、⑨の判例と比較しても、本判決は4月程度重いだけですし、その他の諸事情を考慮した結果と考えれば、本判決が⑨判決と比して著しく重いともいえません。

以上の点から、直近の類似判決と比較しても、本判決が特段重すぎるとはいえないと考えられます。
なお私見では、⑦の判決は軽すぎると思っています。


本件の検察官の求刑について


本判決の画期的な内容として、検察官に対しても、ながらスマホ等運転に対する社会的危険性を十分に考慮するよう警鐘を鳴らした点は非常に評価できます。
本判決は、「検察官の禁固2年の求刑は、前記のとおりのスマホ「ながら運転」という社会的類型の一般的危険性や、その類型中での本件犯行自体の危険性を過小評価し、このような類型が一定数出現する以前の従来の過失運転致死傷の量刑傾向を前提とし、これに捉われたものと評価でき、軽すぎると考える。」として、検察官の求刑意見を断罪しました。

また、本判決が引用する、⑤-2の名古屋高裁平成29年9月26日判決は、「量刑傾向は、これを把握すること自体容易ではないし、ある程度の時間の経過と共に変わり得るものである」と判示していますが、上記の指摘のとおり、①判決以降のスマホながら運転等に対する裁判所の厳罰化・重罰化傾向を、高裁も認めたものと考えられます。

そして、前記のとおり、重罰化の流れが始まった③判決以降の求刑を見ると、いずれも3年6月以上ですので、本判決が指摘するように本件の禁固2月の求刑は、軽きに失するというほかありません。
スマホ等ながら運転による死傷事故が多発し、これに対する社会的非難が高まっている中で、公益の代表者であり社会正義の実現と秩序維持の担い手として、刑事裁判を主導すべき立場であるはずの検察官が、このような求刑をしていては、社会や裁判所の厳罰化の流れに逆行した求刑であり、その職責を果たしていないと非難されてもやむを得ないと思います。

ただ、本判決以外の類似判決の求刑は概ね適正であることからすると、本件での問題点は、検察庁全体にあるのではなく、本裁判の担当検事及び決済官が、⑤-2高裁が指摘するような、近時の判例の重罰化への変化についていけなかっただけの話にすぎないと考えています。
しかし、この点を判決理由に明示して断罪し、裁判所のスマホ等ながら運転に対する厳罰化・重罰化の立場を明らかにした点で、本判決は非常に評価でき、高い先例性を有すべきものです。


スマホ等ながら運転に対する司法の厳罰・重罰化の流れを止めてはいけません


以上みてきましたとおり、本判決で、改めてスマホ等ながら運転に対する厳罰化・重罰化の流れが明示的に確認されました。
弁護士丹羽は、交通事故被害者救済弁護士として、一人の交通事故遺児として、スマホ等ながら運転が一向に減らない現状で、かつ、スマホ等運転ができないような技術導入がなされる見込みも得られない現状では、交通事故被害で苦しむ人を一人でも減らすための最も効果的な方策として、法改正による厳罰化を提唱してきました記事はこちら

人権の最後の砦であるはずの司法でさえ、既に厳罰化に明確に舵を切っています。
あとは立法府・行政府が動くだけです。

平成30年10月4日、大阪高裁で本件の控訴審判決が下されます。
弁護士丹羽も、今井輝幸裁判長が英断を示した大津地裁平成30年3月9日判決を決して無にすることなく、厳罰・重罰化の裁判所の流れを加速する内容となることを強く願っております。

被告人側控訴が棄却されました。(平成30年10月4日追記)

本件の控訴審が継続している大阪高裁で、平成30年10月4日、西田真基裁判長は、被告人からの控訴を棄却しました。
控訴審での今井裁判長の英断が高裁でも維持され、裁判所によるスマホながら運転に対する重罰化の流れが一層明確化されたと評価できます。
弁護士丹羽個人としても、この大津地裁平成30年3月9日判決が、その輝きを失うことなく、これからも一つの大きな先例としての意義を持ち続け、一人でも多くの方を交通事故被害から救うことになるであろうことを嬉しく思っております。

自動車のみならず自転車を含めたすべての運転者の皆様が、今回の高裁判決を機に、スマホながら運転の危険性を改めて認識し、スマホながら運転で人身事故を起こした場合、裁判所により厳罰に処せられることを胸に刻み、これ以上、スマホながら運転による被害者を増やさないよう、絶対にスマホながら運転をしないことを心より願っています。


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