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平成30年12月29日に三重県津市の国道23号線で生じた、猛スピードで走行した乗用車が道路を横断したタクシーに衝突し、タクシーの運転手と乗客4名を死亡させ、1名に重傷を負わせた事故に関しまして、中日新聞三重総局の記者の方から、乗用車の運転手に危険運転致死傷罪が認めれらるかについて取材がございましたので、以下、弁護士丹羽の取材の内容を踏まえた見解を述べます。


加害者の運転態様が「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」といえるか。


本件事故現場は、片側3車線の見通しの良い直線道路であり、加害者の運転手は下り第3車線を制限時速60Kmのところ少なくとも時速146㎞で走行し、路外店舗から下り車線を横切り中央分離帯開口部を通って反対上り車線に入ろうとしたタクシーに衝突したとのものです。
そして、本件では、加害者に、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(危険運転致死傷罪)2条1項2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」に該当するかが問題となっています。

加害者は制限時速60㎞のところこれを84㎞もオーバーして事故を起こしていますので、一般の方の感覚からすれば「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させ」と言えそうです。
しかし、「進行を制御することが困難な高速度」とは、『速度が速すぎるために、道路状況などに応じて自動車の進行を制御し、進路に沿って進行することが困難となるような速度のことであり、具体的には、道路のカーブや路面の状況、自動車の安全性等に照らし、当該速度で運転を続ければ、ハンドル、ブレーキ等の操作のわずかなミスやカーブの発見のわずかな遅れ等により自動車の制御を不能とさせ、進路から逸脱させるなどして、事故を発生させることになると認められるような速度をいう。』(道路交通執務研究会編『執務資料道路交通法解説17訂版』2020年・東京法令出版㈱)と解されています。

本件事故現場は見通しの良い三車線の直線道路であり、かつ、加害車両は進路に沿って車線を逸脱することなく被害車両に衝突しているので、高速度で走行していたとしても、『自動車を制御できていた』などとして、「道路状況などに応じて自動車の進行を制御し、進路に沿って進行することが困難となるような速度」にあたるとすぐに言えない点が問題となります。


また、千葉地裁平成28年1月21日判決は、以下のとおり判示し、道路状況については、あくまでも道路の物理的形状のみによって判断すべきとしました。
『「その進行を制御することが困難な高速度」とは、自動車の性能や道路状況等の客観的な事実に照らし、ハンドルやブレーキの操作をわずかにミスしただけでも自動車を道路から逸脱して走行させてしまうように、自動車を的確に走行させることが一般ドライバーの感覚からみて困難と思われる速度をいい、ここでいう道路状況とは、道路の物理的な形状等をいうのであって、他の自動車や歩行者の存在を含まないものと解される。』

すなわち、本件事故現場は市街地であり、他の走行車両や路外店舗等への進入・退出車両も多くみられるところ、上記判決は「進行を制御することが困難な高速度」の判断として、そのような他の自動車の存在は考慮せず、あくまでも道路の物理的形状のみで判断すべきとしました。
この判決に従うのであれば、被害車両であるタクシーが路外から進路に進入してきた場合に、適切にハンドルやブレーキ操作ができるような速度であったかは問われないことになります。


さらに、加害者に本件では進行を制御することが困難な高速度で走行していたという認識があったことが必要になります。


危険運転致死傷罪の「制御困難な高速度」の問題点


以上のとおり、そもそも本件で問題となっている危険運転致死傷罪の「制御困難な高速度」とは、猛スピードで走行し、車線を逸脱したり、カーブを曲がり切れなかったりして事故を起こしたことを念頭において規定されていますので、猛スピードで走行していたとしても、その進行を制御できていればこれに該当しないという点に問題があります。

これを突き詰めると、見通しの良い直進道路を猛スピードで走行し、周囲の車両や歩行者等に恐怖を与えていたとしても、高性能のスポーツカーであったり、運転手がカーライセンス保持者で運転技術に長けていた場合、制御困難な高速度に該当しないことになりかねませんが、それでは一般人の理解は得られないように思います。
市街地の一般道を時速143㎞で走行する行為は誰が見ても「危険運転」としか言いようがありません。
現行法制や現在の下級審判例のもとでは、走行性能に長けた高級車であったから、運転技術に自信があったなどの言い訳を許す余地が残ります。
言い逃れは決して許してはなりません。

令和2年6月16日、津地方裁判所で本件の刑事裁判の判決が下されます。
上記の高いハードルを越えて、見通しの良い3車線の直線道路で車線を逸脱することなく事故を起こした加害者に「制御困難な高速度」であったとして危険運転致死傷罪の成立を認めるか、津地方裁判所の英断が俟たれます。

津地裁令和2年6月16日判決及び控訴審に向けた弁護士丹羽の論評はこちらです(令和2年12月2日追記)


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